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「森のある暮らしのカタチ」国際照葉樹林サミットと児玉哲久さんの仕事

2011年 6月 01日(水曜日) 09:00

去る5月の21日、22日、「国際照葉樹林サミットin綾」が開催され、
中国、ブータン、韓国、そして日本の先生方をお招きして
”綾の宝である「照葉の森」は世界の宝”であると改めて宣言がなされた時となりました。

随分前の事になりますが、”照葉樹林”の実態調査の一員に加えて頂き、
中国の雲南を訪ねた事が昨日の事のように思い起され懐かしい思いと
喜びで”基調講演”に耳を傾ける事ができました。
同時にかつて黒木進さんの話されていたコトバが頭の中をよぎっていくのでした。

「森を守るという事は木を切るなという事ではない。
切った木をどう大事に大切に使うかが私達人間の考える事の役割だと思う。
小さな木片でも粗末に扱うべきではない。
人が大切に使いたいと思うようなモノを作りあげること、そこに工芸する意味がある」

と。・・・そんなコトバどおりの事をカタチにしている人が夢楽人の仲間の一人にいます。
それは、ウッドクラフトコダマの児玉哲久さんです。
彼の事を”森の哲人”と呼ぶ人もいますが、愛称は”哲ちゃん”です。


「大きな森から生まれた小さな耳かき屋さん」というのがキャッチフレーズで
クラフトの城の夢楽人館の一角で彼の製作実演に出会う事ができます。

ユスのスヌケでつくられた”耳かき”は、自分用に一本、大事な人へのプレゼントにぜひおすすめしたい逸品です。
一心に磨きをかけるその姿は眩しくもあり、とてもうれしい光景の一つです。
森のある暮らしのカタチが一つここにあります。

自立した生き方

2011年 5月 18日(水曜日) 09:00
昭和55年度工芸コミュニティ調査報告書
「手づくりの里・綾」発展計画より

1.手づくりの里の意義・目的

〈地域の論理で地域の自立を〉

■”手づくりの里”の意義として、まず挙げられなければならないのは”地域の自立”に資することであろう。地域の自立とは何か。もとより、一地域が他の協力無しで”独立”することはありえない。相互に分担、協力して成立するものではあるが、その間においては対等でなければならない。それにはまず地域の個性の確立である。地域の存在の主張である。

・・・中略

■地方が良いから地方に住むのであり、そうした期待に応える地域でありたい。迎合することではもとよりない。風土にマッチし、伝統を活かし、主体性をもって町づくりの方向性を示し、それに賛同する者が住み、つくりあげる町、それが地域の自立であると思う。それが地方の論理による町づくりであると思う。

  その意味で町で打ち出している”手づくりの里”は綾町の主体的町づくり宣言と言えよう。そこには前述した理念と共に、それを具現化する文化、産業両面での”自立宣言”とみたい。
  情報、資本などあらゆる面で集中整備されている中央から流される強大な、そしてモノトーン(画一的)な情報に浸食されてゆく地方文化。そうしたなかで、人間の根源的な喜びを伴う手づくり、それによって生み出される文化、それは必然的にローカルなものであり、地域の個性とは不可分であって、それを生活にしっかり組み入れ、かつそれをかたくななまでも守り育てることが文化面での一つの自立であろう。手づくりの製品、それを産み出す工芸業を地域、そして個々の生活に取り込み振興する意義、手づくりの里宣言の意義の一つがここにある。

あらためて自問自答しながらこの一文に目を通しています。
地域の自立もさることながら自分自身が、「どうすれば自立した生き方ができるのか?」
これまでずっと考え続けてきたことでした。
若い頃、現在、国の現代の名工の一人でもあり日本を代表する染織家の秋山眞和氏に御縁を頂くことによって、
宮崎の工芸の生みの親でもある、黒木進氏に知遇を得る事ができました。
そのことにより、「染め織り」を生業として、手織三昧の日々を過ごせていることを、まずお二人に感謝したいと思います。

残念ながら黒木先生は昨年7月10日90歳にして他界されましたが、
日頃より「90歳までは生きるかナ」とのコトバ通りの大往生となりました。
師曰く、『これからの時代にあって、工芸に携わるという事は人間としてどう生きるかという根幹にかかわることである。
ライフデザインを考えずにして「物づくり」はありえない』と。
「耳順」を超えた今、また原点にかえって残された時間を生きてみようと思う次第です。

「手づくりの里 綾」のコトハジメ

2011年 5月 11日(水曜日) 09:00
ロロ・カロ・ハルマタン 玄太です。

風薫る5月、綾が一年でもっとも美しく輝く、季節を迎えました。
八十九夜の5月3日、”夢楽人”が集まってクラフトの城の敷地内の茶摘みを行いました。
去年の11月までは「染織館」でしたが3月から新しく「夢楽人館」として機能することになりました。
当日は「豆乳カフェ」もお試しオープンして、おいで頂いたお客様にとても喜んで頂いて、
うれしく楽しい一日となりました。
明日に向けて一条の光がさしたかのような感じが致します。

「ニッポンの事始めは自然と自然に根ざした文化から始まる」
とは私の敬愛してやまない今井俊博さんがいつも口にされるコトバですが、
森と川に恵まれたこの綾の地で工芸することもこのコトバそのもののカタチだと思います。

身辺の整理をと少しずつ”オカタズケ”の中でなつかしい一冊がでてきたので、その中の一文をここに紹介したいと思います。

時は1981年3月、丁度30年前、「手づくりの里 綾」のコトハジメにかかわる、
当時ラック計画研究所の前田豪さんによる一文です。

はじめに

表題の「手づくりの里・綾」に何故発展計画としてか。
それはここ10年来、意欲的な活動を続けてきた「ひむか邑」同人の存在、
それを受け「手づくりの里」を昨年来打ち出している町の姿勢があり、
本調査はそれを中心に据える限り、新規計画ではありえず、単なる発展計画に他ならない。

地域の主体性、独自性が模索されている今日、それは地域の風土に根ざしたものであり、
それを支える人の存在無くしては語れない。
当綾町には既にその萌芽がある。
本調査で狙いとするところは、超長期の将来をにらみ、
その萌芽を子孫に誇れる大木に育てることであろう。

計画の計の字は、多くの人(+)が語る(言)ことを意味している。
本計画が多くの参加を得て、共に推進できる計画のタタキ台になれば幸いである。

部会長 前田 豪

キモチあらたに元気のでる思いです。

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