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2010年12月
梅戸祥代

梅戸祥代

工房夢とけい

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2010年 12月 26日(日曜日) 22:59

こんにちは。
忙しさにかまけて、餅つきの終わった日曜の夜にあわてて匠日記を書いています。
そこで、今回は我が家の癒し系「看板犬」のことなど・・・


名前はハグ。 ミニチュア・シュナウザーの♂  1歳7ケ月

シュナウザーの原産はドイツで、おじいさんみたいな眉毛が特徴的なワンコです。






寒いドイツ生まれのはずなのに、とっても寒がりでこたつが大好きなのです。                                 




友達のウチに生まれたハグは、4兄弟の中で一番やんちゃで好奇心がいっぱいの仔でした。
まるで黒っこい毛糸玉みたいにころころしていて、いたずら好きな目をしたワンコでした。
以前飼っていたワンコがこの世を去ってから、すでに13年経っていて子犬見るたびに心が揺れ動いていたから
「ワンコ、見に来ない?」のお誘いは、この時点でほぼ飼うことは決まっていた気がします。
そのうえ、ワンコたちの誕生日と工房のオープン日が同じだったってことで決定的なものになりました。

うちに来てすぐにやっかいな病気を発症してからは、入院に注射に点滴治療に絶対安静にと・・・ 
それから7ヶ月の病院通いと投薬治療、そのたんびに血液検査に尿検査。  ほんとに頑張って耐えてくれました。
再発した時のショックはかなりキツイものがあったけど、絶対治るって信じて治療重ねたきたお陰で何とかこの病気を抑え込める
免疫力ができて、抗体を作ることができたようです。

私はと言えば、ドクターに安静に!!とかなり難しい言いつけを言い渡され、それを実行することの難しさに日々奮闘し、仕事そっちのけで真摯にハグに向き合い、再々発はさせまいぞ!と6.2㎏あるハグの重さで痛めた肩に湿布の匂いのする毎日でした。
肩の痛みもさることながら、診察料に薬代の高いこともかなりの痛みでした。良心的な病院でしたが、やはりペットの医療費は保険がきかないので、この7ヶ月はこれだけで¥飛んで行ってしまいました。

他のワンコとのコミニケーションが今ひとつ苦手なのは、病気のため外に出ることが遅れたことが、きっと大きな要因のひとつなのでしょう。
だけど、少しずつ他のワンコとも挨拶ができる様になってきたし、何よりハグが犬らしく、ホント当たり前のことなのだけど部屋の中を
自由に歩き回れるようになったことが嬉しいと思えるのです。 安静!!という呪縛から解放されたハグと私です。


今は「工房 夢とけい」の看板犬として、お客様を癒したり、時にはうるさく吠えまくって来訪を告げてくれたりお手伝いしてくれるまでになりました。


















ハッピークリスマス☆

心ほっこり身はぽっかり

ムダも大事

小川渉

小川渉

パン工房 綾

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2011年 6月 29日(水曜日) 09:00
最終回は「フクシマ」直後の投書です。
直前が3月1日掲載(その3)で、3.11を経て3月30日掲載。
歴史の転換点となる特別な1ケ月でした。

Image0002

3月10日夜、あの日の前夜、私は串間にいました。
串間原発住民投票を控え、反対グループの勉強会に出前講師として出向いていました。
放射能の怖さ、原発立地しても財政破綻した実例(福島県双葉町=今回の事故発生地)、全原発を止めても電力供給に支障ないことなどなど、説得力を持つと思われる文献を私なりに集めた資料をベースにお話しました。

その場に、串間市在住で元GE(米・ゼネラルエレクトリック社)の技術者=菊地洋一さんがおられました。
素人の私としては、これ以上ない専門家の助言は大変有難いものでした。

菊地さんは、福島第一原発6号機(冷温停止中)建設の現場調整に当ったことで、危険極まりない裏事情を知り、原発を告発する側に回った稀有な人物です。勉強会の中で、地震の話に及び、菊地さんはマグニチュード9の可能性もあり原発はとても耐えられないと言われました。その翌日、M9は現実となりました。このことは、記録しておくべきエピソードです。

更に、菊地さんならではの話として、事故が起こらなくとも定期検査などで被曝労働が避けられないという非人間的なシステムについても、現場体験に基いて語ってもらいました。

「フクシマ」直後は、ついに起ってしまったという脱力感から、とても投書する気が起きませんでしたが、私たちがこの地で何をすべきかの考えに整理が付いた段階で発したのが上記投書です。

串間は当面、原発そのものの誘致は考えにくいですが、「地域振興=交付金」が目当てなので、高レベル放射性廃棄物処分場や使用済み核燃料中間貯蔵施設などの原発の後工程関連の誘致は視野に入れておく必要があります。いずれも危険極まりない代物であることが、福島第一4号機(使用済み燃料プール冷却機能喪失)でその一端を知ることになりました。これらを含め、「非核」を訴えました。

「フクシマ」の現実から、脱原発へ舵を切れるか否か。この国の将来を左右する大きな分岐点に私たちは立っています。

小川 渉(パン工房 綾)

原発問題 その3

原発問題 その2

原発問題

シリーズ「照葉樹林この1年」 その4「ユネスコ・エコパーク誘致活動」

相良大介

相良大介

旅泊庵

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2011年 6月 24日(金曜日) 06:44

焼入れを終わり、研ぎに移行します。

研ぎは、荒い研石から徐々に細かい砥石に変え研いでいきます。

研ぎ終わると、日本刀独特の刃紋や地紋が現れてきます。

なんとか完成しました。

今は、ほっとしています。

素延べ、火造り

鍛錬

銑(ずく)下げ

もう一振り

高好加代子

高好加代子

綾わくわくファーム

ウェブサイトURL: http://www.ayadore.jp/

2010年 12月 31日(金曜日) 12:07

12月に入ったとたんあっという間に大晦日。
みんなに同等に時間が流れているはずなのに、自分だけが早い気がするのはなぜでしょう(笑)

そしてもういくつ寝るとお正月という30日。
年々お正月らしいことからは遠ざかっていくばかりの我が家でしたが、
今年は綾の友人が餅つきに誘ってくれました。(押しかけたという一説もありますがww)

朝10時に駆け付けた時は、ちょうど1回つき終わったところ。
つきたての餅がザルの餅とり粉の上でどろりんと美味しそうに湯気を上げています。

するといきなり、友人のまだまだ小さいお孫さんが餅の上に乗せられました!!!
なんでも1歳未満で歩き出した赤ちゃんにはこうやってお祝いをするそうです。
さらに、背中には風呂敷に包んだ餅を担がせて・・・。ハイ!パチリ♪

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このような風習は初めて拝見しましたが、子供の成長を喜びこれからの幸せを祈るという心が、
そこにいる人全部を幸せにしますね。

外ではベテランの男衆に慣れぬ腰つきの新人さんも加わって2回目の餅つきが始まりました。

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懐かしい風景。
羽釜の上に蒸し器を2段重ねにし、もち米を蒸す香り。
小さく丸めたあんこの山。
こんな昔ながらの餅つきを体験するのは子供の頃以来です。
子供の時は、何の手伝いもせず臼の周りを駆け回ってきゃーきゃー走っていたものです。
そして、できたての餅をちぎり分けする祖母の手際の良さに尊敬の念を抱いておりました。
祖母がちぎった餅を形よくまん丸に仕上げる大人たちのそばで、出来上がるのを待ちかねて
ほおばったのも幸せな思い出です。

さて2回目がつきあがりました。
手慣れた家人が次々にちぎり分けてくれます。手にとって丸める作業です。
あったかくやわらかく幸せな手触り~~~。
子供の頃見ていたように、優しく手早くまん丸に仕上げます。何気に上手な自分に満足です(笑)。
そしてたまらず試食・・・・しばし口福の時・・(笑)。

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その後は、丸めては食べ、食べては丸めをしつつ、結局6回の餅つき完了。
昔は当たり前にあった正月行事。
なくなってしまったと思っていたのは私たちだけで、綾にはこうやってしっかり残っていました。

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大晦日には、町民が小学校の鐘つき堂で鐘を撞き、綾神社にお参りし地区の新年会をする。
というのが綾の過ごし方だそうです。
やっぱり綾は素敵だ~。

ゲストライターとして4回記事を書かせていただきました。
どうも私は、綾が好きで綾が素晴らしいと言いたかったようです。
うまく伝わったかどうかは怪しいところですが、つたない文章を読んで下さった方、
ありがとうございました。

また来年も変わらず綾を探求していきます。
みなさまよいお年をお迎えください。
そして綾に遊びに来てくださいね~~~~\(^o^)/

 

 

綾の色

綾町の伝統行事その2

綾の伝統行事