Home匠日記2011年2011年02月火曜:遊土(工房遊土)
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私の目標

2011年 8月 30日(火曜日) 09:00
おはようございます。

今、朝の5時半くらいです。
息子が寝ている早朝が
一番家事がはかどるのでだいたい5時前後に起きますが、今朝は4時に目が覚めたので 普段できない家事をひとしきり終える事ができました。
ご飯が炊ける間キッチンで飲むお茶は最高にうまいです。

今回で8月のブログは終わります。長い夏が終わりますね。といっても
宮崎はしばらく暑いですが。

陶芸から離れてもう二年になりました。正直、腕が鈍るのが不安ではありましたが、自分にとって、何が一番大切か 常に問いかけるとてもいいきっかけになりました。

何より、私の作るものをお金を出して買って頂いていた事に改めて感謝しました。
そして、無計画さゆえに仕事やお金に追われて、大切な人と人との信頼関係をおろそかにしていたという、事実にも気づかされました。
息子の存在が 私の背中を見ていると思うと
やはり背筋を正して生きて生きたいなあと思います。

そして何より、美しい物を作りたい。

それが自分の目標です。
つたない、しかも脈絡ない私の文章を読んで頂いて感謝します。
どうか 皆さんの日々のなかにも
幸せが散りばめられていることを祈って。

ありがとうございました(。・_・。)ノ☆☆☆

ひやじる

2011年 8月 22日(月曜日) 09:00
こんばんは。

皆さんは宮崎の郷土料理『冷汁』ご存じですか?私はいままで1、2回くらいしか食べたことがなく
つい最近まで、宮崎人はそんなに冷汁を食べていないと思っていました。しかし、主人や友人にリサーチしてみると
『夏はよく冷蔵庫に冷やしてあった』という話がチラホラ。意外と身近な食べ物な様子。

先日、外食した際に、息子も食べられそうなもの…と消去法で残ったのが『冷汁定食』…冷汁に
980円か…と心の中で舌打ちぎみに注文。
これが、美味しくって驚きました。息子もがっついていました。
とても暑い日だったのですが、暑い宮崎に冷汁、なるほどという感じでした。
冷たいみそ汁をかけたご飯 と長年思っていたのがちょっと申し訳なく。
そして、帰宅してから
主人の母に聞いて作ってみました。
いりこの頭とワタ取って炒って、すり鉢でゴーリゴリ。味噌とゆでた豆腐とゴマ入れてゴーリゴリ。お湯でといて、冷ましたらキュウリの薄切りとシソと生姜とミョウガいれて混ぜ混ぜ。
ゴマ好きなので、さらに練りゴマも入れました。作り方は各家庭によって、何通りもありそうです。
出来上がった冷汁は、夏バテ気味の胃腸に優しい味でした。

息子は冷汁の中のキュウリが大好きで、自分の分から全てキュウリをたいらげると、私の茶碗からキュウリのみ強奪。キュウリ強盗の去った後の冷汁はなんか物悲しい感じです。
彼はたまにコーン強盗にもなります。

ともあれ、これで冷汁は一応マスター(゜-゜)v

後は、チキン南蛮だな…
苦手なんだよな揚げ物…
というか、話題がまた工芸からかけ離れて行っている!!

来週は最後なので、ちゃんと工芸話で締めます。
では(。・_・。)ノ

立秋過ぎましたね

2011年 8月 16日(火曜日) 09:00
こんばんは。
お盆も過ぎると 朝晩の風に秋を感じます。
私はどの季節にも良さがあると思いますが、春と秋の気候の快適さが大好きです。
春は何か新しい気持ちで浮かれますし、
今からやってくる秋は
創造力を刺激されるので何かを作るには最適な季節な気がします。

先日、ネパールに長期の子供連れ旅行に行っている友人から、2通目の絵葉書が届きました。
一通目の手紙が届いた時は驚きつつ笑ってしまいましたが(私の人生でネパールから手紙が来るなんてなかなかないことだと思うと面白くて)
電気も水道もない土地で生活している様子が書かれていました。
子供はパパイヤの木登りを練習中だとか
牛の糞を練って壁にした家を借りているとか、とても楽しみつつ、現地でリラックスして生活しているようでした。
しかし、二通目の絵葉書の言葉には考えさせられました。
原発問題に直面している日本へ帰国するにあたって、放射能の汚染などが心配だと言う内容に
さらに『物作りをしている人たちはどうしているのでしょう。芸術品や工芸品は、平和で安心して暮らせていてこそ心から楽しめるものではないでしょうか』といったような内容が書かれていました。
確かに生活を潤す品というものは、まず生活が成り立っていてのものだなと思いました。

食べ物に水に空気に安心出来ず、
命や健康を犠牲にするとわかっていて、
なぜ、原発を推進してまでそんなに電気が要るのか、もっと便利にもっと早くもっと経済的に成長しなければならないのかなかなか私には理解できません。
その考え方自体が人間らしい生活からかけ離れていると感じます。

コントロールしていたはずの機械が暴走し、人間が危険にさらされてしまう、という物語は昔からよく映画でも題材にあがりますが
物語ではなく そういう時代がやってくるのではないでしょうか。

数字や記号ではない、人間ならではの情緒こそ
いま大切にされるべきなのかもしれません。
直接会って、自分の声で自分の意志を伝える。
人間であることを楽しめる人でありたいと思いつつ そういう気持ちで物作りをしていきたいなと改めて、感じた日でした。

芸術と私

2011年 8月 09日(火曜日) 09:00
こんにちは。

今日は工芸っぽい話をと言ってましたので
何にしようかなーと思ってましたが、
思いつきませんでしたので芸術っぽい話を。

20110417173423『芸術』という言葉は、長年、私にとって なんだか遠い言葉でした。
学生時代はアート系の学生だぞと言わんばかりに髪型も服も今思うと意味不明でした。その頃は発言も行動も人と違うことが個性だと思っていました。後悔はしていませんが、かなり恥ずかしい思い出です。

そんな私に『芸術』を意識させてくれたのは
綾町で陶芸を始めてまもない頃に知り合いのある若い女性に言われた一言でした。
彼女は声楽を学んでいて自分で資金を貯め 一度イタリアに渡っていました。帰国していた折に初めて会ったのですが、
その時別れ際に『お互い、芸術を頑張りましょう』と言ったのです。
私はその言葉を聞いて
少し気後れするような、嬉しいような気持ちになったのをよく覚えています。『芸術かあ』と。

陶芸と声楽というジャンルが芸術という言葉でつながるという実感をしたのはそれが初めてでした。それだけ陶芸への取り組み方が甘かったとも言えますが。

その彼女の一言がずっと頭の片隅にあり、
意思がゆらぎがちな私を今もつなぎとめていてくれている気がします。

人間国宝の作品のように高い技術を駆使したものも、本当に素晴らしく思いますが
日常のなかで 庭の花を大切に育てて 家の中に一輪活けることも 同じように美しい芸術ではないかと 最近思います。
再びイタリアから帰国した彼女の歌声と、歌っている表情には歌を表現する喜びが満ちていて 心が震えました。
彼女はちゃんと『芸術』とともにある、そしてそれを聴く人の心を豊かにしているんだと感じました。

道のりは長そうですが、私は、私のペースで、
やはり人が幸せになれる、そういう『芸術』を目指したいなと思います。
それにはまず、身近な家族や自分を幸せにすることからかな、とも。

とりあえず、今日の晩ご飯の野菜カレーを美味しく仕上げるとこから始めてみます(。・_・。)ノでは

朝焼け

2011年 8月 02日(火曜日) 09:00
写真は朝5時ごろの綾町の朝焼けです。


綾町も暑さが本格的になってきました。
これぞ宮崎の夏という感じです。
私は相変わらず 陶芸から距離を置いて、育児中心の生活を送っています。
1歳4ヶ月を過ぎた息子の底なしのパワーに振り回される日々です。
しかし息子のペースで生活していると 当たり前と思っていた日常が 実は不思議に満ちているのだと 改めて発見します。
雨が降ると、不思議そうに空を見上げていたり、アリの行列を熱心に眺めていたりする息子。
私も何十年かぶりにカタツムリのツノをつんつんしながら でんでんむーしむーし と歌いました。
自分も子供の目に戻ったような気分です。

いま、子供をめぐるあまりにもつらい事件が多いですが、その背景にいる私たち大人が幼すぎるからという気がしてなりません。
自分たちが親になることを選択し自分が産んだ以上虐待が許される理由などないと私は思うのです。
もちろん、様々な環境で子育てしているお母さんお父さんたちはそれぞれ本当に大変だと思います。
私自身ももう無理だと思う一瞬もあります。
しかし虐待にまで行く前に自分の心を守る努力や工夫をする。
それが、自己責任ではないかと思います。
反抗期の子供が親に『産んでくれと頼んだ覚えはない』という言葉が昔ありましたが本当にそうだなと感じます。
育ててやってるのじゃなく、育てさせてもらっているんだと。

世の中は決して美しい事ばかりではないしたくさん傷つきながら、
間違えながら学んで生きていくしかないと思います。
でも、人と信頼しあって生きていくことやたくさんの素晴らしいことも世の中にはあると息子がいつか感じられるといいな そう思います。

思い切り子育て話ばかりでしたが。
次回はちゃんと工芸っぽい話を(。・_・。)ノ では

修行時代

2011年 2月 22日(火曜日) 09:00
こんにちは。
今日でブログ担当も最後となりました。

今日は佐賀県での修行時代の話を少し。
20才から佐賀県の祐翠窯(ゆうすいがま)という窯元で、鮎川裕樹先生の指導のもと、五年間 陶芸を学びました。
もともと、福岡の短大に在籍中、陶芸の講師で来られていた先生でしたので、18才の頃からお世話になっていましたが。

師匠には、陶芸はもちろんですが 人間として大切な事もたくさん教わりました。
師匠がある時、テキパキと要領よく動く人、そうではない人もいるけれども、後者の要領よくはない人が、目立たない所でテキパキとした人をフォローし、支えている場合も多い と言った事がありました。
その言葉が心に残り、それからいろいろな角度から人を見るようになった気がします。
また、高齢者ケア施設に出張教室へ行った折、お年寄りに赤ちゃん言葉で話しかける施設の職員の方達の対応に私はとても疑問を感じたのですが、帰り道だったか師匠が同じように感じたと話されて、嬉しかったのを覚えています。
14年たった今振り返ると自分の考え方、視点を持つこと、いい意味で疑う事、それがオリジナリティにつながるのだと師匠は教えてくれていたと思います。
技術面でも本当にまだまだですが、師匠のような焼き物屋そして視野の広い人間を目指して生きていけたらと考えています。

P1000509
写真は師匠の作品です。
手前の湯呑みはお茶を入れて手におさまった感じがなんともいえず優しく、師匠の凄さを感じる器です。
そして同時に修行中の思い出や師匠の言葉も甦る、特別な器でもあります。

今は慌ただしく子育てをしていますが、その日々は、今までと違う感じ方、出来事との出会いの連続です。
いつか陶芸を本格的に再開した時に、自分がどういう焼き物を作るのか、ワクワクします。
そしてこんな幸せな機会をくれた息子に感謝(。・_・。)

そして、初ブログを経験できた事にも感謝!
パソコン環境がない我が家のために、毎回デジカメのメモリーカードを取りに来てくれた担当の方ありがとうございました。
いつも通勤途中に寄って頂き。
晴れた日は徒歩通勤というあなたのテクテクと歩いて去ってゆく姿は、なんともエコでした。

あっ 最後に。
私の実家は綾町で『風花』という飲食店をやっています。
先月から本物センターにもドーナツやカップケーキなどを出しています。
お立ち寄りの際はどうぞよろしくお願いします~思いっきり宣伝で締めましたが。

バレンタインデー

2011年 2月 15日(火曜日) 09:00
こんにちは。
昨日はバレンタインデーでしたね。
私は毎年、バレンタインにチョコレートのお菓子を作ります。
もちろん、夫や身近な男性陣(父親など)に渡すためなのですが、それだけではなくこの時期はチョコレートそのものに魅力を感じます。
まだ寒い、でもたまに暖かい日もあるこの季節に甘いチョコレートをお茶請けに、コーヒーや紅茶、ほうじ茶なんかでひと息つくのはとても似合う気がするのです。
バレンタインデーの宣伝の影響もきっとあるのでしょうが。

私はあまり甘すぎるものは苦手で、ビターチョコが好きです。
よく作るのは湯煎で溶かしたビターチョコに生クリームを適当に加えてナッツやラム酒漬けのドライフルーツを混ぜ合わせて作る生チョコです。
器に入れ冷やしココアをふったら、器ごと贈れる生チョコになります。
私は真っ白な磁器に生チョコを入れるのが好きです。色のコントラストがきれいなので。

P1000505ボウルにちょっと余った生チョコに牛乳を足して、ホットチョコレートにすると
おまけのおやつという感じで これまた美味しい~。

私は女性なので、なかなかわからないですが、もし自分が中高生くらいの男子ならもらえるかもらえないかという、はっきり結果のでる、バレンタインデーは結構、残酷なイベントかもなーと思います。
今10ヶ月の息子は大きくなった時に女の子からチョコレートもらえるだろうか?
もらってないときの保険でチョコあげたら『母ちゃんからのチョコやらいらん』って言われるのだろか(笑)
そういう事をぼんやり考えながら
今年は生姜入りの生チョコを作りました。
サクサクとした食感を出せたらなと、少し玄米パフも加えました。

残った生チョコで恒例のホットチョコレートを作ってみたら、生姜がじんわり身体を温めてくれました。
来年は何を作ろう。

幸せのひと時

2011年 2月 08日(火曜日) 09:00
こんにちは。
ここ何日か、綾町では寒さがゆるんで暖かく感じます。
しかし相変わらず、火山灰が舞っているため洗濯物や布団干しに苦戦しています。
普段当たり前と思っていても、こうなると部屋を思い切り開けて空気を入れ換えられるのって幸せなんだなあと思います。

P1000497幸せといえば、最近、備前焼の湯呑みを買いました。
私自身、焼き物を作っていますが、もともと器や食卓まわりのコーディネートが好きなのと、食べることが好き→料理が好き→食器が好き、というのが陶芸を始めた原点といえると思います。
ガラスや漆器、金属、木製品、布、そして陶器や磁器の食器類を二十歳くらいから買える範囲で集めてきました。
それらからヒントを得たり、学ぶ事も多いです。
骨董市や古道具屋、ホームセンター(意外と穴場です)厨房機器を扱う店、雑貨屋などなど。
特に食器類のある店では鼻息荒く、テンションMAXで品定めするのですが、そんな時間は私にとって至福の時です。
一枚百円の豆皿相手に30分くらい悩むこともしばしば。
戦利品を自宅の台所で洗いながら ホクホクした気分で眺めるのも大好きな時間です。

P1000495今回手に入れた器は、綾町で備前焼をされている『うつわや』さんの作品です。
宮崎にいて本格的な備前焼に触れられること自体、
私には勉強にもなるのですが器ファンとしては良心的な値段に(本格的な備前焼は焼く工程もとても時間と手間がかかるため割と高い値段が多いので、手がでませんでした)涙ものでした。
作る人の、人との関わりかた、焼き物への愛情などが伝わってきて
自分も、ものづくりの上で考えておかなければいけないなあと、お茶をしながら改まった気持ちになりました。

初めまして

2011年 2月 01日(火曜日) 09:00
初めまして。
今回からブログを担当します工房遊土です。
ただいま育児中で、本業の陶芸は休業中ですが、ブログのお話を頂き楽しそう!と思い引き受けさせてもらいました。

何を書こう・・・と思っていたら、新燃岳が噴火したというニュース。
口蹄疫、鳥インフルエンザに続いての大変な事態に、直接被害を受けられる方々を思うと胸が痛みます。
綾町でも降灰があり、外を出歩くのをためらうくらいに街全体が硫黄の臭いとともに火山灰が舞い、白っぽく煙っていました。
風向きによるようで、ここ何日かはだいぶ落ち着いてきました。
自然相手にはどうしようもない、改めてそう感じるとともに、人間も自然の一部、動物の一員なんだなと感じます。

私が焼き物を作るとき、焼き物に限らずですが、何かを作りたいと思った時、元になる色や形は自然の中にあるものが多い気がします。
そして、出産を経て知ったのですが、人間はおなかの中で太古からの進化の歴史をたどるそうです。
実際、エコー写真で日に日に細胞分裂を繰り返して、人間になってゆく姿を目の当たりにすると、ただただ驚くばかりでした。
自分の中に宿る自然を誰もが持っているからこそ、自然がどこか恋しくなったり人の手で形作られたものに惹かれたりするのかもしれないですね。