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東諸の孟宗竹

2011年 2月 25日(金曜日) 09:00

綾、国富には緑豊かな竹林が其処此処に拡がっています。
竹は古来より大変身近で有用な植物です。
春先に楽しむ各種のタケノコをはじめ、割竹は農業資材や建築用材に、ヒゴにして、ザルやカゴに、竹筒にして食器や花器に、時には弓や矢、槍などの武具にも変身する事もあり、私達の暮らしになくてはならないものでした。
しかし近年、社会や生活の変化と共に、そんな竹も無用の長物として放置され、手入れされる事もなく、荒れて行く竹林を見る事も多くなり悲しく残念な思いを抱く今日この頃です。

ところで、貴方は国富町八代、籾木に孟宗竹伝来の古事があるのをご存知ですか?
籾木は国富町の北西部、西都市と境を接する地で、古く縄文の頃より人の暮らしがあり、中世には米良山中に居住する菊池支族や家臣の一部が移住して一帯を支配したと言われています。
やがて戦国の世にはいり、1600年には、天下分け目の関ヶ原の合戦が起こります。
これに参戦し敗れた薩摩の島津勢は、海路、美々津に上陸し、敵中を鹿児島へと敗走しました。
その折、籾木一族が、護衛の任にあたり、無事薩摩へ送り届けるという軍功を上げました。
後日、その褒賞として籾木の頭領は、孟宗竹を島津義弘公に所望し、持ち帰った一株がこの地域に拡がったとの伝説が残っているそうです。
今も籾木の県路のはずれの古い竹林の傍らには、一族の墓石が多く残り往路を偲ばせます。
折あれば一度訪ねてみてはいかがでしょうか。
そして、どうか竹林を大切にして頂きたいものと念じております。
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追記
孟宗竹には、そんな古事があるとは私も知りませんでした。
竹細工では、孟宗竹をいろんなバラ製品の縁輪に昔から使っていたようです。
綾竹細工教室では、孟宗竹を長ヒゴに割り買い物籠を編み、寿司バラ、おぼん、輪口編みおぼん等には、平ヒゴに割り使っております。
孟宗竹を編み竹にするのは、綾竹細工教室だけではないでしょうか?

綾町竹細工教室 吉竹 聡