Home匠日記2011年2011年04月火曜:銀色少年とアカイふらすこ(中島博之)
中島博之

中島博之

独創的な作風が特徴の銀色少年とアカイふらすこさんが思いを語ります。

ウェブサイトURL: http://gazoo.com/g-blog/ecov_aya007/index.aspx

独立したころ

2011年 9月 13日(火曜日) 21:41

独立して焼き物をはじめた頃 とにもかくにもものすごくたくさん失敗をしてました。

はじめて窯を焚いたときはミカンの木の灰でつっくた釉薬を使っていたんですが

ちゃんと融けてるかも確認せずに窯の火を止め(ほぼ素人状態でよくわかっていなかった。)サラッサラの灰の粉のまんま

器についていたり、素焼きせずに釉薬かけてひびが入って焚いたあとほぼ全滅がわかったり。

庭にあった砂利?みたいなものを器に使う土に混ぜてやいたらいぼのように全面に吹き出し食器として使えなかったり。

とにかく実験しては失敗して実験しては失敗してました。

でも、そのなかで知らなくて失敗するからこそ失敗したことについては勉強をしました。なぜそうなるか原因を探り

学びとってきました。

一般に市販されている釉薬などを使えば融ける指定温度域もかいてあるし、ほぼ失敗などすることなく器が焼けるんですが

安定しているものは逆にいえば変化は少ないし、面白い表情(質感)になることがないように感じています。

不安定でなかなか思い通りにいかないものは知識と経験とデータがすごく大切でこれがないといっつも失敗ばっかりなんですが

その中から生まれるものはびっくりするくらいテンションあがるものができます。

これは最近焼いたやつで久しぶりにテンション上がってニヤニヤしてしまいました。

 

物を作る原点。

2011年 4月 26日(火曜日) 21:34
自分が幼かったころよくおばあちゃん家に遊びに行っていた。

おばあちゃんはなかなか付きっきりで遊んであげられないからか手作りでおもちゃをよく作ってくれました。
庭に生えている竹を切って 火であぶってしならせ糸をくくりつあっという間に竹の弓を作ってくれました。

今じゃダイオキシンとか何とかで問題になるかもしれないけど棒きれにスーパーのビニール袋をぐるぐる巻きにして火をつけて遊んでいました(とけたビニールの火が落ちる時ヒュン、ヒュンっと面白い音が鳴る)。

その手早さと完成度にすごく感動したものでした。
1人で時間がたつのも忘れ夢中になって遊んでいたものでした。

特別なものでなくても高価でなくても 楽しめる何かを生み出すことが僕の物作りの原点のような気がします。

銀色少年とアカイふらすこ

2011年 4月 19日(火曜日) 19:46

なぜにこんな工房名になったか聞かれることがよくあります。

なのでごせつめいを・・・
まず 工房名をつけるときに自伝小説のタイトル(いつの日か書くつもり)を工房名にしようと思いました。
さらに器だけでなくユーモラスな置物など雑貨的な要素も含みたいと考えていたので~窯みたいなのは避けようと考えました。

そこでいろいろなものから自分の気になる言葉をランダムにノートに書きだしていき、そこからピックアップして組み合わせたり削ったりひっくり返したりして ようやく  ぎんいろしょうねんとあかいふらすこ という文字にたどりつき、

そのあとに 漢字とカタカナとひらがなで一番バランスのいいとおもう
かたち  銀色少年とアカイふらすこにしました。

イメージとしては子どもが楽しそうに実験している姿をイメージして、実験的に自分の作品を作る時のイメージと重ねています。

今思えば工房名をつけたときの一連の思考っていうのは作品を生み出すときのやり方とまったく同じだということに後々きづきました

我が子のようなうつわたち

2011年 4月 12日(火曜日) 19:33

つくった器は我がこのようにかわいいものです。
最近は色を使った器にこっていて自由に楽しみながら作っています。

上のやつは去年の工芸祭り用制作した器たち。

みんないろいろな人の所へ旅立ちました。


銀色少年の自己紹介的な・・・。

2011年 4月 05日(火曜日) 20:34


銀色少年とアカイふらすこの中島です。


21歳の時、綾、照葉窯にて1年半ほど修行をさせていただく。人生ではじめての会社務め、たくさん叱られながらたくさんのことを勉強させてもらいました。



その後半年間東南アジア(ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマー)を絵を描きながら旅をする。


帰国してからは
綾の友人がカフェで働かないかと声をかけてくれ働くことになる。

その店は若者からお年寄りまで集う人気店、
器を作るなら料理の勉強をしておいたほうがいいとアドバイスをうけ、本格的に料理の勉強していました。

また、その店ではいろんな作家さんの陶器の販売、ライブなどイベント広告のデザイン、イラストでの個展などもやっていました。

その後5年ほどのブランクを省みず自ら陶芸工房を立ち上げる。

大体こんな感じです。