Home匠日記2011年2011年09月
2011年09月
中島博之

中島博之

独創的な作風が特徴の銀色少年とアカイふらすこさんが思いを語ります。

ウェブサイトURL: http://gazoo.com/g-blog/ecov_aya007/index.aspx

2011年 9月 13日(火曜日) 21:41

独立して焼き物をはじめた頃 とにもかくにもものすごくたくさん失敗をしてました。

はじめて窯を焚いたときはミカンの木の灰でつっくた釉薬を使っていたんですが

ちゃんと融けてるかも確認せずに窯の火を止め(ほぼ素人状態でよくわかっていなかった。)サラッサラの灰の粉のまんま

器についていたり、素焼きせずに釉薬かけてひびが入って焚いたあとほぼ全滅がわかったり。

庭にあった砂利?みたいなものを器に使う土に混ぜてやいたらいぼのように全面に吹き出し食器として使えなかったり。

とにかく実験しては失敗して実験しては失敗してました。

でも、そのなかで知らなくて失敗するからこそ失敗したことについては勉強をしました。なぜそうなるか原因を探り

学びとってきました。

一般に市販されている釉薬などを使えば融ける指定温度域もかいてあるし、ほぼ失敗などすることなく器が焼けるんですが

安定しているものは逆にいえば変化は少ないし、面白い表情(質感)になることがないように感じています。

不安定でなかなか思い通りにいかないものは知識と経験とデータがすごく大切でこれがないといっつも失敗ばっかりなんですが

その中から生まれるものはびっくりするくらいテンションあがるものができます。

これは最近焼いたやつで久しぶりにテンション上がってニヤニヤしてしまいました。

 

物を作る原点。

銀色少年とアカイふらすこ

我が子のようなうつわたち

銀色少年の自己紹介的な・・・。

川越純子

川越純子

大山食品株式会社の川越さんです。
お酢のいろんな事について教えちゃいます!

ウェブサイトURL:

2011年 9月 27日(火曜日) 09:00
秋の運動会シーズンです。
私は、運動が苦手で運動会など大嫌いでした。
朝から揚げ物のパチパチという音で目が覚め「雨かな」と期待すると、
から揚げの音でがっかりしたというのを毎年繰り返していました。
大人になってみると、運動会という一大イベントがすごく楽しくて、
お弁当の献立も随分前から考えたり、応援にも力が入って、
子供たちより楽しみにしているのではないかと思うこともしばしばです。

匠日記も私の担当はこれで終わりなので、少し宣伝をさせてください。
11月5日に第3回綾・くろずまつりを大山食品の工場内で開催します。
今いろいろと準備中です。
11月19日から23日までは、綾工芸祭りも開催されます。
大山食品も出展しますので、どちらも是非足をお運びください。
くろずまつりはまだ準備中ですが、子供たちが喜んでいただけるお祭りにしたいなと考えています。
宮崎には綾町には、こんなにこだわった黒酢を造っている工場があるんだとたくさんの人に知ってもらえたら幸いです。
たくさんの方がいらっしゃることを心よりお待ちしています。

新ラベル

秋仕込

東北地方太平洋沖地震

みなさん、こんにちは。

泰田久史

泰田久史

八衛門窯

ウェブサイトURL:

2011年 9月 21日(水曜日) 09:00
ここ数年、綾町を離れることが多い。
そんな中、8月に知った綾町関連のニュースにはびっくりした。

ニュースの内容はこうだ。
照葉樹林の町で知られる綾町の広沢ダムに水上スキー場が整備され、20日にオープンする。
森林に囲まれた静かな湖面を前面に打ち出し、世界大会の誘致を目指す。
10月に新装オープンする照葉大吊橋とともに町の新たな観光スポットとして期待されている・・・

ニュースの内容は以下のサイトをご覧下さい。
MCN宮崎ケーブルテレビ「デリステNEXT」 広沢ダム水上スキー場開設のニュース

テレビの画面に映し出される水上スキーに挑戦する子供の姿を見て思わず「さすが綾町」と声を出してしまった。
当たり前のことだが、ダムはレジャー用に作られたものではない。
目的外に使用するには、町だけではなくさまざまな行政機関や関係団体、地元住民の理解を得なければならないはずである。
聞くところによれば、数年間の粘り強い活動の末ようやく許可が下りたという。

最近、どういうわけか県や市町村の行政関係の方に会う機会を頂いている。
ほとんどの人は公務員としての使命感を持ち、真面目に仕事されている方ばかりであり、心打たれることも多い。
しかし、中にはできない理由ばかりを探し、したり顔でいばっている人がいて、
住民活動の障害ではないかとさえ思える人がいるのも事実である。
(もちろん、そんな人はほとんどいません。くどいようですが念のため)

小さい町ながら、きらきらと光り続ける綾町の秘密をみた思いがし、そんな町に工房がある事を誇りに思う。

八衛門窯 泰田久史

八衛門窯3

八衛門窯2

八衛門窯1

2011年 9月 08日(木曜日) 09:00
小林高校卒業と同時に日本で一番歴史のある東京の山谷硝子に入社して、
技能の習得のかたわら独学にて夜はデザイン、彫刻などの作家として独り立ちするための時間に明け暮れた。
その後、美術展に出展するかたわら山谷硝子の企業内作家として活動を強化。

単独の創作工房の必要性を感じるなか今から26年前、
歴史に残る28代薩摩藩主 島津斉彬公の業績として知られる薩摩切子復元のために、
当時の尚古集成館長の有馬氏と復元するまでの期間を契約条件として鹿児島に赴任することとなった。
薩摩切子復元を工芸部長として陣頭指揮をとり約2年間で一部を残し成功裏に新聞発表までこぎつけることとなった。

その当時、世の中は好景気を背景にした都道府県の自治体も特徴ある町づくりの為に力を注ぎガラス工芸へも注目していた。
私の行動も注目いただき全国4ヶ所から工房設立希望が相次いだ。

そんな中、宮崎県も動きだした。
当時、松形知事の薦める県の木花ハイテクパーク、綾町では前郷田町長から2ヶ所の候補地の提案、
雲海酒造の中島社長は今の酒泉の杜構想を熱く語られた。
松形知事は当時、宮崎山形屋の個展が12回続いていたこともあり宮崎にどうしてもガラスが必要と個展会場に来られては話されていた。

このようないろいろの声をいただき、工房設立の決め手になったことは、
綾町の食文化、有機栽培、照葉樹林に対する環境からの考え方、本物の物造りを生み出すエネルギーが
行政を含め綾の地に感じられることであった。
先に述べた宮崎県、綾町、雲海の考え方、宮崎県庁から30分以内の地であるという条件を満たす場所が綾町であった。

平成元年、今の酒泉の杜に私のガラス工房だけがスタート、
その後は水を得た魚のようにガラスと日本美、歴史、文化、伝統、風土、環境など今日、
憂える社会に日本人としての資質を問いかける作品を生み出して来ている。
人口7,600人の小さな町から世界のガラスの聖地ヴェネチアで展覧会の大成功。
日本の世直しとして、国際芸術文化交流として海外との交流を深める日本を代表する工房となり連日、
60名のガラス大好き人間の集団として頑張ってる。

建築アート

時を越え先人に学ぶこと

綾の照葉樹林の文化からの物創り ~現代の切子「綾切子」誕生~

綾から世界へ

大原文雄

大原文雄

大原陶苑
綾の工芸について熱い思いを語ります。

ウェブサイトURL:

2011年 3月 25日(金曜日) 09:00
今回で最後の匠日記になりました。
東日本・関東地方の被災された方々には心よりお見舞を申し上げます。

僕は、今、ちょっと気になっていることが有ります。
現代は、便利・スピードを優先しすぎて、MONO(もの)の大切さ・尊さが失われているのでは?
私の仕事が手づくりの職業なので、先輩達から学んだほんもののこだわり・・・。
大げさに言えば、日本の良さを、失っているのではないか・・・。
気がかりです。

今まで、保育所や小学校・子供会等で、陶芸教室を数回させてもらったことが有ります。
手づくりの町で生まれた子供達。
少ない時間でも何か、子供達に伝わればいいなと・・・楽しい時間が持てました。
将来、〝手づくり〟に出会った時、物おじせず挑戦してほしいです。
私が今の陶磁器の仕事に進んだのも、5才の時、粘土づくりでゾウを作り、それをほめられたのが大きなきっかけです。
多くの子供達に、手づくりの素晴らしさを心に留めてほしいです。
今年の〝第30回工芸まつり〟の大きなテーマの一つです。
次世代の子供達よ!〝手仕事〟楽しいちゃが!

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☆長男が5才の時の作品〝ベンチ〟・・・?

おやじへ!最後のプレゼント

〝綾発〟都会に行った若者達へ!