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綾の照葉樹林の文化からの物創り ~現代の切子「綾切子」誕生~

2011年 2月 10日(木曜日) 09:00
綾町は、日本一の照葉樹林を誇る木の故郷です。
1997年に5年の歳月をかけ、鹿児島・薩摩切子の120年振りの復元を成し得た実績を活かし薩摩切子、
江戸切子とは趣を異にする「綾切子」の開発に成功しました。

「綾切子」は、木の葉、木の実、木の花、芽吹きをデザインに取り入れ、
「琥珀色」で古代からの「時」の流れを表し紫、藍、緑の色ガラスを被せ2色の「綾切子」が誕生しました。
大皿「綾切子」 2色被せ
大皿「綾切子」 2色被せ

「綾切子」は現在も進化を続け2色から3色へ。
更に複雑なグラデーションと繊細な輝きを放っています。
飾皿「綾切子」3色被せ
飾皿「綾切子」3色被せ
花器「綾切子」3色被せ
花器「綾切子」3色被せ






シリーズ「照葉樹林この1年」 その3「綾の照葉樹林が全国一に選出」

2010年 12月 23日(木曜日) 09:00
2010年7月24日付『朝日新聞』に、全国の森のランキング特集記事が載りました。堂々の第1位は綾の照葉樹林。地元の人間として、関心を寄せる者として、実に嬉しいことでした。しかも、世界自然遺産の屋久島(2位)、白神山地(3位)、知床(6位)を従えているので尚更です。

選考委員の一人・池内紀氏(エッセイスト・ドイツ文学者)のコメントは綾町民への最大級の賛辞でした。
「地元でこれを残すのに尽力した人たちがいることを忘れてはならない。」
郷田實さんを始めとする先人の顔が浮かんできます。

今まで、綾の照葉樹林は全国屈指の森であることはそれなりに(広くと言いたいところですが)知られていましたが、ナンバーワンとなったのは、私の知る限り初めてです。
オンリーワンとの自負は常々持っていましたが。

私たちはとてつもない宝物を持っていることを改めて自覚することとなった一件であり、これを生かさない手はないと強く思うところです。
特に宮崎県は、口蹄疫のダメージから中々復興出来ない状況下、県の宝としての自然・そのシンボルたる綾の照葉樹林を全国にアピールしたらいいと考えています。
東国原知事は地鶏やマンゴーなど特産品のセールスは得意だったのですが、残念ながら自然には関心が薄かったようです。
次の知事にはこの点期待したいところです。
(パン工房綾・小川渉)
P5110553
綾の照葉樹林、筆者のベストショット

シリーズ「照葉樹林この1年」 その1「郷田實没後10年記念シンポジウム」

2010年 12月 09日(木曜日) 09:00
綾の照葉樹林が全国一の規模と質で現存しているのには訳があります。
物語といってもいいでしょう。
物語の主人公が郷田實(1918~2000)その人です。
1966年綾町長に就任した郷田さんが最初に直面した大きな問題が国有林の伐採計画でした。
精力的な読書を通じ照葉樹林の重要性に気づいた郷田さんは、町民の先頭に立ち国と掛け合って計画を止め森を守りました。
詳しくは、郷田さんの自著『結いの心』(評言社・2005年)の一読をすすめます。

郷田さん没後10年を記念しシンポジウムが命日の3月21日に綾町文化ホールで行われました。
町内外から250名が参加。
基調講演は生前の講演ビデオを編集したものでした。
迫力ある語り口がよみがえりました。
故人を知る人には懐かしく、初めて触れる人には語り継がれる理由が判ったのではないでしょうか。

紹介されたメッセージも特筆に値します。
照葉樹林に関わる各分野の第一人者の方々からのものです。
佐々木高明さん:照葉樹林文化研究
大澤雅彦さん:植物生態学研究
姉崎一馬さん:森林写真家

後半はパネルディスカッション。
パネラーは綾町の各分野で活躍されているメンバーが郷田さんとの思い出を中心に話されました。
有機農業の田渕民男さん、ガラス工芸の黒木国昭さん、元綾中学校長の浜田倫紀さん、照葉樹林研究の河野耕三さん、若者代表で商工会青年部長の松浦光宏さん。

今回の催しは、元々命日に故人を偲ぶ「照葉忌(しょうようき)」を毎年行ってきたところでしたが、10年の節目に拡大版として企画されたものでした。

照葉大吊橋照葉大吊橋は、郷田實さんの発案で多くの人に森を見てもらうことにより守る力になることを願って架けられたものでした。現在改修工事中で、2011年3月末にはリニューアルされることになっています。

パン工房綾 小川渉