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ギャラリーうるし屋

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ギャラリーうるし屋 (19)

うるし20 ~湿度と温度は色むらに影響~

作者: かたかべ雄人 2013年 7月 02日(火曜日) 09:00
私がうるしに出合ってから15年がたち、その間ありとあらゆる失敗を重ねてきましたが、失敗は次へのステップといいます。今回は私の失敗を紹介して、最終回とさせて頂きます。

一番多い失敗は、やはり湿度と温度の管理が行き届かなかったことです。うるしは洗濯物と違って、湿度が高いほど乾きが早くなります。早く乾燥させたいばかりに湿度を上げ、その結果塗ったうrしの表面がシワシワの「チヂミ」状態になってしまいます。こうなるともうお手上げで、全部はぎ取ってもう一度初めから塗り直しです。

湿度と温度は「色うるし」にも影響します。湿度が高すぎると朱色が茶褐色になったり、色むらが出て明度と彩度が落ちてしまいます。朝、濡れ雑巾(ぞうきん)で仕事場の床や棚を拭いて、ちりを一掃するのですが「昨日もしたからいいや・・・」で仕事を行うと、翌日には前日に塗った表面にはごみ。自己嫌悪に陥ります。これも最初からやり直しです。

うるしに向き合うと自分の性格がよく分かります。「おれって結構几帳面だったんだな」「いいかげんさが丸出しだな」なんて、仕上がった作品に自分自身の性格が映っているのです。

最後に私の持論、「心がかぶれれば体はかぶれない」。

うるし19 ~防腐性に優れ多彩な用途に~

作者: かたかべ雄人 2013年 6月 25日(火曜日) 09:00
最近建築設計士さんからよく相談されます。うるしを洗面台に塗ったらどうなる?とか床に塗っても大丈夫か?など、うるしを内装に使ってみたい相談です。

うるしというと今では工芸品というイメージが強くなっていますが、うるしは縄文時代から「防腐性に優れた塗料」としてさまざまな用途で使われてきました。実際、福井、石川、富山、新潟などの北陸地方では昔から、住宅の内部にうるしは当たり前のように塗られていました。それが高度経済成長期以降、すっかり化学塗料にその座を奪われてしまいました。そういう時代が過ぎ、ようやく自然素材のうるしが、宮崎でも興味をもたれ注目されるようになったことはうれしい限りです。

建築材料としてのうるし、和紙にうるしを塗って壁に張ってみたり、白壁にうるし塗りの木のタイルを埋め込んだり、薄くスライスした板に色うるしを塗ってガラスに張り、照明器具を作ったり・・・。

和風とか伝統などという枠を超え、アイデア次第で現代の空間に「うるしの可能性」は無限に広がっていきます。かくいう私の家の洗面台もカウンターも、まだ白木のままです。「紺屋の白袴」です。

うるし屋稼業をしていると、我が家のことはいつも最後になってしまいます。

うるし18 ~轆轤ひき伝統伝える木地師~

作者: かたかべ雄人 2013年 6月 18日(火曜日) 09:00
木地師とは、江戸時代から明治初期まで日本各地の山を点々としながらおわんなどの木地を作って暮らしていた山の民の集団です。

その木地師さんたちのふるさとを訪ねたことがあります。
滋賀県の永源寺町です。

町からさらに山奥に入った「小椋谷」にその集落はあります。「君ケ畑」という集落で、この地から多くの木地師が全国各地に散らばっていったといわれています。

「木地師資料館」に展示されている江戸時代の「氏子狩帳」には、この地で木地師を生業とする木地屋が2114軒あったことが記載されています。現在でも数件の木地屋さんが轆轤(ろくろ)をひいてその伝統を今に伝えています。

木地師さんたちの多くは「小椋」「大蔵」「小倉」の姓を名乗っています。

全国各地を旅していると、思いがけない所で「小椋製作所」「大蔵製作所」「漆器の小倉」などの看板を発見することがあります。時代が変わってもやっぱり「木」に携わる仕事をしている。おそらくご先祖様は木地師だったんだろうな・・・なんて不思議な感動を覚えることがあります。

そういえば、最近になって五ヶ瀬町に「小椋さん」という木地師がいらっしゃることを教えて頂きました。

うるし17 ~テープに和紙重ね一閑張り~

作者: かたかべ雄人 2013年 6月 11日(火曜日) 09:00
「一閑張り」とは一般に、和紙をのりで木枠などに張り重ね、後で型を抜いてその素地にうるしを塗ったものを指しますが、この場合、和紙の重ね張りでなく薄く仕上げた木製素地の上に和紙を貼り付け、うるしを塗ったもののことを「一閑張り」と呼んでいます。私は竹で編んだかごに和紙を張り重ね、うるしを塗って一閑張りを作っています。綾町の「竹細工教室」に通い、やっと六目編みができるようになりました。最近では竹の代わりにクラフトテープという包装用のテープを使っています。このテープは細かくこより状になっている紙ひもを5本、7本と接着させ、平たいテープにしたものです。竹の方が頑丈でいいものができますが、このテープだと竹ひごを作る手間が省けて、割と簡単に編むことができます。骨組みができたら紙張りです。のりとボンドを混ぜ、少しずつ水を加えて溶いていきます。和紙と骨組み両方に刷毛でベッタリと付け、骨を包み込むようにしっかりと張って下さい。乾いたらまた同じように張り重ねます。内側・外側に5枚くらい張ると丈夫になります。じゅうぶん乾燥したらテレピン油で薄めた生うるしを和紙に染み込ませるように塗っていきます。茶人の間で好まれた一閑張りの一品が完成します。

うるし16 ~沖縄出身者が宮崎漆器を作る~

作者: かたかべ雄人 2013年 6月 04日(火曜日) 09:00
現在、日本のうるしの9割を中国からの輸入に頼っている話は以前にも書きました。しかし藩制時代には各藩が財政強化のためにうるしの木を植林させたということですから、当時は日本全体がうるしの生産地であったことは間違いありません。

昔、TBS系で「まんが日本昔話」というアニメーションが放映されていましたが、この中で「西米良の昔話」を取り上げたものがありました。「龍(りゅう)のふち」の話しです。うるしの木から樹液を採取するうるしかき職人である兄弟の話しで、ある日兄さんがふちの底にたまっている大量のうるしを発見します。兄は弟に取られまいと、木彫りの龍を沈めます・・・こんな話でした。さらに私の手元にある昭和14年の資料によると、日本のうるしの産地として西臼杵郡日之影町が取り上げられています。宮崎とうるしは、昔から意外と身近につながっていたんですね。

戦後は沖縄の人たちが宮崎に移り住み、宮崎漆器を完成させてくれました。鮮やかな朱に推錦(ついきん)と呼ばれる手法でハイビスカスやニガウリなどのデザインを丁寧に施されており、今では宮崎を代表する工芸品になっています。琉球の「琉」と宮崎の「宮」をとって「琉宮漆器」と呼ぶそうです。

うるし15 ~はげた部分に麻布張り修理~

作者: かたかべ雄人 2012年 11月 29日(木曜日) 09:00
修理を頼まれることが時々あります。本当は買い求めた所に頼むのがいいのですが、代々受け継がれてきた古い漆器などはどこで購入したのか分かるはずもありません。そんな時のわたしの修理方法は、題して「パッチワーク修理法」です。例えば着物が破れた場合、破れた所に別の布を当ててパッチワークのように修理した物がありますが、私もその方法で修理しています。漆器の場合、もし朱色のおわんなんかがはげた状態だったら、そこの部分だけ同じ朱色を作って塗ることはほとんど不可能です。わたしははげた部分に麻布を張って傷を隠し、それを一つのデザインとして生かしています。傷がない所にもバランスを考えて麻布を張ります。丸や三角など好きなように布を切って張り、その上に色うるしを塗り重ねます。傷ついていた漆器は今風に甦ります。

もし、沈金や蒔絵(まきえ)が施されている漆器の場合にはその絵柄が消えてしまいますので、諦めるか、輪島や木曽の修理専門店に頼むしかありません。漆器は木地が割れない限り、何度でも塗り直しができます。職人というものは、自分の作った物が十分に使い込まれて、それで「直してくれ」と戻ってきた時が一番うれしいものなのです。

うるし14 ~質の高い国産 量少なく高価~

作者: かたかべ雄人 2012年 11月 22日(木曜日) 09:00
日本の漆器産業はその原料となる「うるし」の9割以上を中国からの輸入に頼っています。日本で生産している「うるし」はたったの1割程度なのです。その貴重な「和うるし」を採取している「うるしかき職人」を訪ねたことがあります。岩手県の浄法寺町、瀬戸内寂聴さんがご住職されている天台寺がある町で知られています。

うるしの採取は、まず木の表面に傷を付けます。うるしの木は傷口をふさごうとして樹液を傷の周辺に集めてきます。うるしかき職人は独特の道具でkの樹液を採取していきます。この樹液が「うるし」です。うるしの主成分はウルシオールという物質ですが、このウルシオール成分が多いほど質の良いうるしになります。和うるしは中国産に比べて6%ほど多くウルシオールが含まれていますが、値段は中国産の7倍もします。1本の木からうるしがとれる量は6月から11月までかかって、コップ1杯程度だといいます。そのことを思うと、1滴のうるしで無駄にできなくなってしまいます。浄法寺町で育ったうるしの苗木が今、1本2百円で手に入ります。10数年で高さ10メートル、6月に黄緑の花を咲かせ、秋には真っ赤に紅葉する「うるしの木」。夏が終わったら庭の片隅に植えてみたいと考えています。

うるし13 ~砂糖や卵使い津軽塗り挑戦~

作者: かたかべ雄人 2012年 11月 15日(木曜日) 09:00
津軽塗りといえば「変わり塗り」の代表的存在です。その津軽塗りの中にあっても、もっと変わった「新しい津軽塗り」に挑戦している人たちがいます。岩木山のふもとにある「遊(ゆう)工房」です。この工房ではいろいろな手法を教えて頂きました。

例えば、塗ったものをくちゃくちゃにもんだラップに包み込んで、そのしわが模様になる手法や、砂糖をフライパンで炭の状態になるまで焦がし、その粉末を、塗ったものの上に降り掛ける手法があります。この砂糖を使ったものは黒の濃淡がくっきりと現れ、結構面白い表情に仕上がります。

もう一つは、うるしに卵の白身を混ぜて、粘っこいうるしを作り、これを木地に凹凸を出しながら塗っていきます。そして、十分に乾燥させて研ぎだすとまさに「新しい津軽塗り」が浮かび上がってきます。

うるしといえば古い伝統をかたくなに守っているように思いがちですが、こんなに斬新なことを試し、うるしの世界に新しい風を送り込んでいる人たちもいるのです。
ラップ、フライパン、砂糖、卵・・・。

そういえば、輪島ではうるしの乾きが早すぎる時に「醤油(しょうゆ)」をたらしていたことを思い出しました。

うるし12 ~ロープを使って縄文漆器制作~

作者: かたかべ雄人 2012年 11月 08日(木曜日) 09:00
うるしは何にでも塗ることができます。木はもちろんですが、竹、紙、、鉄、石などの身の回りにあるほとんどの素材が利用できます。今回はその中でもロープを使った珍しい「縄文漆器」を紹介します。

ロープは径3ミリ程度の綿もしくは麻のロープを使います。陶芸の手法である、粘土をひも状に細く伸ばし、それをグルグル巻き重ねて形を作る「手びねり」と同じ要領で、ロープを「のりうるし」でしっかりとくっつけながら巻き重ね、好きな形を作ります。その作業が終われば、ここから先はわんを塗る工程と同じです。

薄めた生のうるしをこのロープで作った作品に十分吸わせていき、室で一晩乾燥させると、あのフニャフニャだったロープがかちかちに固まります。この素材は、木と違って綿や麻の繊維を固めたわけですからとても丈夫です。もし、床に落としたとしても割れることがありません。そして、さび付けと研ぎを繰り返し、縄目を浮かび上らせるように仕上げます。

木を素材にした漆器が、伊万里焼のような磁器の繊細さをきらめかせるなら、ロープを素材にした縄文漆器は備前焼のような焼しめの素朴さと力強さを宿して仕上がっていきます。

うるし11 ~使い込むうち深いつや出る~

作者: かたかべ雄人 2012年 11月 01日(木曜日) 09:00
漆器は本来とても丈夫なものです。ですからそれほど神経質に扱う必要はありません。注意して頂きたいのは、電子レンジや乾燥機を使わないことだけです。私はいつも洗剤を使ってスポンジで洗っています。あとはふきんで拭いて戸棚にしまいます。要は普通に扱っていれば大丈夫ということです。使わないでしまっておくだけという方が、漆器にとってはよくないのです。

なぜか日本人は大事な物を高い所にしまい込む傾向があります。こういう所は空気が乾燥しているので漆器にとって一番悪い環境になります。漆器は湿度60~70%の所にあるのが一番いい状態なのです。長い間使わない時はできるだけ冷暖房がなく、直接日光の当たらない北側の部屋の床に近い所にしまうことです。でも、しまいっ放しでもいけませんので、とにかく使ってやることが大切です。

漆器の傷みの9割はしまい込んでいるうちに乾燥したという原因によるもので、摩擦するほど使い込んで傷んだ物は1割にも満たないといいます。それほど頑丈な物なので、使わないでいるのはもったいないというものです。漆器は使い込んでいくうちに独特の深いつやが出てきます。こうなったらもう手放せないほど愛着がわいてきます。
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