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うるし16 ~沖縄出身者が宮崎漆器を作る~

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現在、日本のうるしの9割を中国からの輸入に頼っている話は以前にも書きました。しかし藩制時代には各藩が財政強化のためにうるしの木を植林させたということですから、当時は日本全体がうるしの生産地であったことは間違いありません。

昔、TBS系で「まんが日本昔話」というアニメーションが放映されていましたが、この中で「西米良の昔話」を取り上げたものがありました。「龍(りゅう)のふち」の話しです。うるしの木から樹液を採取するうるしかき職人である兄弟の話しで、ある日兄さんがふちの底にたまっている大量のうるしを発見します。兄は弟に取られまいと、木彫りの龍を沈めます・・・こんな話でした。さらに私の手元にある昭和14年の資料によると、日本のうるしの産地として西臼杵郡日之影町が取り上げられています。宮崎とうるしは、昔から意外と身近につながっていたんですね。

戦後は沖縄の人たちが宮崎に移り住み、宮崎漆器を完成させてくれました。鮮やかな朱に推錦(ついきん)と呼ばれる手法でハイビスカスやニガウリなどのデザインを丁寧に施されており、今では宮崎を代表する工芸品になっています。琉球の「琉」と宮崎の「宮」をとって「琉宮漆器」と呼ぶそうです。
最終更新日: 1999年 11月 30日(火曜日) 09:00
かたかべ雄人

かたかべ雄人

身も心も漆にかぶれてしまったかたかべさんが、漆器について語ります。

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